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6月に入ってもあんまり雨が降りませんね〜
羽田の国際線ターミナルでボーッとサボっていると
誘導路をゴロゴロ転がっていく、朝日の「あすか」
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【写真:P.A/ゴロゴロ誘導路を転がっていく「あすか」】
大型機ばかりの羽田でサイテーションは見逃しちゃいそうです。
でも、この日羽田は16Lと16Rを離陸に使っていました・・・
どこいくんやろ〜?
A滑走路の脇をゴロゴロコリがって1タミ南側、新整備場横の
誘導路をC滑走路方向へ・・・

どうやら、エンジンランナップのようです。
サイテーション560クラスでも、ランナップエリアに行くんですね
新聞各社の格納庫が並ぶ新聞村からはかなりの距離です。
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【写真:羽田のランナップエリア「遠いね〜」】
まぁ、エンジンランナップではフランスではすごい事故が起きたり
したこともあるので、小型機でも決められた場所でやらないとダメなんですね。
しかし、この新品エアバス機の事故。すごすぎる↓2007年。
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【写真:仏・ブラニャック空港で新品A340ランナップ中の事故】



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by pressaviation | 2017-06-22 15:53 | 新聞 | Comments(0)
横須賀を母港とするアメリカ海軍イージス艦
「フィッツジェラルド(USS Fitzgerald)」とフィリピン船籍の
コンテナ船「ACXクリスタル(ACX Crystal)」が(2017年)6月17日未明に
横須賀市の南西沖で衝突。
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【写真:AFP/共同通信】

フィッツジェラルドの右舷全面のSPY1レーダ下部にコンテナ船の
船首左舷がぶつかったようです。

AFPなどの報道によると、
事故で、米海軍は18日、行方不明になっていたフィッツジェラルドの
乗組員7人のうち複数の遺体が見つかったと発表。

第7艦隊によると、捜索救助隊員らが衝突で損傷した場所に入り
浸水した寝台区画で行方不明者の遺体を発見したそうだ。
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【写真:AFP/EUROPEAN PRESSPHOTO】

事故は深夜2時過ぎ。寝ていたのだろうか・・・
艦長も負傷し、ヘリコプターで搬送されたそうです。

コンテナ船は日本郵船がチャーターした、フィリピン船籍
ACX CRISTAL 2万9093トン、全長222.6mデカイです。
一方、フィッツジェラルドは8,363トン、全長153.9m。

ブリッジの損傷もひどいですが、吃水下にも大きな損傷あるでしょう
コンテナ船のバルバスバウは巨大ですから。
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【写真:P.A/事故の1週間前に横須賀で撮ったフィッツジェラルド】
事故の1週間前に、撮ったフィッツジェラルド。
今は、同じ場所で、傾いた艦隊を係留しています。
艦名の由来はベトナム戦争の英雄。同艦は「トモダチ作戦」にも
従事したそうです。

現段階では、原因はわかりませんが
亡くなった7人のご冥福をお祈りします・・・



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by pressaviation | 2017-06-19 13:17 | そのほか | Comments(0)
3月(2017年)いっぱいで福岡空港の格納庫を閉鎖し
西部本社でヘリ運用をやめた読売新聞。
やはり、フリートも縮小なようです。
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【写真:頂き物/JA134Y 宙返りも出来るぞ!Super5】

読売新聞取材機の中で最古参のJA134Y
メッサーシュミット ベルコウ ブロームBO105が
5月で運用を停止、大阪で社旗が消されたJA134Y
フェリーされ海外へ売却されるようです。

オートパイロットなんかは付いていないし135なんかに比べると
古さは否めませんが、独特な音といい、個性的な機体でした。

東日本大震災では羽田をいちは早く離陸し海岸沿いに北上
被災直後を空撮。
仙台空港が被災し着陸できず
燃料切れで瀬峰飛行場に着陸。取材を行いました。

朝日新聞が取材ヘリの双発化をAS355で進めたのに対し
読売新聞はBO105を揃えました。

1975年にBO105Cを初導入(YOMIURI 123号機)JA9523
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【写真/P.A:北九州空港 YOMIURI 123】

その後1984年に105C(YOMIURI 127号機)JA9604
この機体は北九州空港配備の1988年11月6日に
紅葉の取材(耶馬渓だったかな?)の帰りの途中に空港まで
2マイルの所で乱気流に遭い小倉南区朽網の空き地に
不時着。ハードランディングで、スキッドがバキッつといっちゃいました。
幸いローターの接触はなく、機長と、整備士がシートから
浮き上がった際風防にゴッツンしたぐらいだったかなぁ。
不時着したのは埋立地で当時は原っぱ。
現在は、読売新聞の印刷工場が建ってます(偶然ね)。
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【写真:1988年オートロでちょっと壊れた読売127その後復活!】

1988年に105C(131号機 大阪読売で購入)JA9907
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【写真/P.A:2003年8月伊丹 YOMIURI 131】

1990年にストレッチ型の105CBS(YOMIURI 132号機)JA9987
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【写真/P.A.:YOMIURI 132】
そして1997年にこの105S (YOMIURI 134号機)JA134Y

計5機の105を運用しました。
読売の機体の名前は戦前は読売◯号と番号がつけられ
戦後は101〜3桁に。
21世紀に入ってからは愛称が付けられるようになりました。

MBB社からユーロコプター社となっても2001年まで生産されていた
BO105。後期型のこの134Yはメインローターの翼型を変更し
揚力を従来型から150kg増加させるなどした
「スーパーファイブ」というモデル。


朝日がAW169を導入、毎日も新型機複数機発注の噂も…
今年、航空部(課)設立85周年の読売航空部ですが規模縮小なだけなのかなぁ?

◆追記◆
読売写真部がツイート
社旗消えてるのに空撮してる〜^_^
福岡空港に3月までいたコスモス 03YPも写ってます。
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【読売新聞写真部ツイッターから」




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by pressaviation | 2017-06-02 02:23 | 新聞 | Comments(0)
■1903年(明治36年)
・12月17日 ライト兄弟飛行機による有人動力飛行に成功
■1910年(明治43年)
・12月19日 徳川大尉、日野大尉が日本初の動力飛行に成功・代々木練兵場
■1911年(明治44年)
・3月 日本初の飛行大会・大阪 朝日新聞主催
■1917年(大正6年)
・5月10日 東京日日新聞、 湯川写真部員が東京芝浦で墜落死。新聞社初の犠牲とな
■1922年(大正11年)
・1月 朝日新聞 計画部設置 航空事業を目的 後の航空部に(1926年)
■1923年(大正12年)
・1月11日 朝日が東西定期航空会をつくり東京〜大阪間の運航開始。事業部内に航空課設置(1月9日)!?
東京・洲崎飛行場、大阪・城東練兵場を基地とする
操縦士8人、機体8機(中島式5型・6機、伊藤式1機、白戸式1機)
・9月1日 関東大震災 連絡・輸送にあたる
■1924年(大正13年)
・3月 毎日新聞が庶務部航空課を設置(1月20日とする資料も有り)
操縦士3人、機関士兼整備士1人、機体2機で発足(スパット・エルブモン1機、ゾッピースパップ3型1機)
大阪・城東練兵場を基地とする
・7月 「春風」が日本一周飛行・日本航空株式会社(後の川西航空機)川西6型水上機をチャーター
■1925年(大正14年)
・7月25日 朝日訪欧機「初風」「東風」が出発〜10月27日ローマ着
■1926年(大正15年)
・7月17日 朝日新聞航空部発足 航空部は社長直属 初代部長は取締役 村山長挙 部員11名
(計画部時代に航空課があったという資料もあるが、航空部として独立したのはこの時)〈確認中〉
・8月 北海タイムスが飛行班設置(サルムソン2A2 2機)
・小樽新聞が航空部設置
・12月 電報通信社が航空部設置 操縦士1人、機関士1人(三菱10式艦上偵察機 1機)
■1927年(昭和2年)
・2月 新愛知新聞が航空部設立(ニューポール1機、三菱10式艦上偵察機1機、アブロ練習機1機)
・2月 名古屋新聞が航空部設立
・5月20日-21日 リンドバーグ大西洋横断無着陸飛行
■1931年(昭和6年)
・報知新聞航空部設立 操縦士3人、機関士1人(ユンカースA50 2機、ユンカースW33 1機)
・8月 東京空港(羽田)開港
・9月 満州事変 朝日、毎日機が連絡飛行で活躍
・10月5〜6日 ミス・ビートル号太平洋無着陸横断飛行
■1932年(昭和7年)
・2月 毎日新聞 ロッキード・アルテア導入
・5月1日 読売新聞航空課を設置 操縦士1人(電通兼務)機関士1人(電通兼務)
(サルムソン2A2 1機)
・8月 朝日新聞、毎日新聞がオリンピック写真速報を競う
■1933年(昭和8年)
・8月4日 高知新聞航空部設立 操縦士1人、機関士1人(愛知製2式水偵 2機)
■1934年(昭和9年)
・2月 朝日新聞が川崎C-5,A-6を導入
・5月 読売新聞 スチンソン・リライアントをアメリカで購入
デトロイト〜ロサンゼルスを空輸 日本人初のアメリカ横断飛行、船積みされ日本へ
■1935年(昭和10年)
・11月 毎日新聞のアルテアがフィリピン訪問飛行
■1936年(昭和11年)
・1月 電報通信社と同盟通信社が合併、同盟通信社設立
・9月 読売新聞 メッサーシュミットbf108タイフーン導入
・12月 朝日新聞「鵬」がバンコク訪問飛行
■1937年(昭和12年)
・4月6日 朝日新聞亜欧連絡飛行「神風」が立川を出発、10日ロンドン着
・5月21日 「神風」東京に戻る
・7月 日中戦争で報道各社取材機中国大陸で取材飛行
■1938年(昭和13年)
・8月15日 読売新聞が航空課から航空部に
・8月20日 社告で読売飛行場建設、新鋭航空機3機購入、新式グライダー5機購入、パラシュート降下塔建設を発表
・9月1日 同盟通信社 航空部設立(乗員は日航委託)
■1939年(昭和14年)
・8月26日 毎日新聞 「ニッポン」号世界一周に出発、12月20日羽田に帰還
・9月 第二次大戦始まる
■1941年(昭和16年)
・12月8日 太平洋戦争始まる
■1943年(昭和18年)
・1月1日 大阪毎日新聞、東京日日新聞合併「毎日新聞」に
・7月7日 朝日新聞A-26(二号機)がドイツへ飛行中インド洋上で消息を断つ
■1944年(昭和19年)
・7月2日〜4日 朝日新聞A-26(一号機)満州で非公認世界周回記録を作る
■1945年(昭和20年)
・8月 終戦、新聞各社航空部解散

■1952年(昭和27年)
・朝日、毎日、読売、中日、産経の5社で新聞航空懇談会発足
・3月〜 新聞各社航空部再開 各社セスナ195を登録(JA3001は読売101号)
朝日、毎日、中日、産経は「航空部」読売は「機報部航空班」
・7月1日 羽田空港返還「東京国際空港」となる
■1954年(昭和29年)
・9月26日 青函連絡船 洞爺丸が台風で転覆、各社航空取材を繰り広げる
■1957年(昭和32年)
・1月 南極観測船「宗谷」に朝日新聞のセスナ「さち風」、支援船「海鷹丸」にベル47「ペンギン」が搭載偵察・記録飛行に活躍
■1959年(昭和34年)
・9月27日 伊勢湾台風被害を各社航空取材、救援・空輸も行う
■1963年(昭和38年)
・1月〜3月 38豪雪。薬師岳遭難事故で中部日本新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞などが
自社機、チャーターヘリ含め過熱気味な取材合戦を繰り広げる
■1964年(昭和39年)
・6月16日 新潟地震
・10月10日 東京オリンピック開催・表取材始まる
■1965年(昭和40年)
・1月 中部日本新聞が中日新聞と改称
■1968年(昭和43年)
・1月 原子力空母エンタープライズ佐世保入港、各社航空取材合戦
・6月23日 小笠原諸島返還、各社硫黄島へ取材飛行
■1969年(昭和44年)
・12月14日 全日空のYS11と読売新聞のビーチクラフトC-50が神戸市の沖10kmの上空高度1万500f付近で接触 両機とも無事着陸
■1972年(昭和47年)
・沖縄復帰、各社取材機を飛ばす
■1975年(昭和50年)
・7月15日〜30日 朝日新聞「早風」サイパン取材飛行
■1976年(昭和51年)
・10月 朝日新聞がセスナ500サイテーション「はやて」を導入 新聞取材機初のジェット機
■1976年(昭和52年)
・2月 読売新聞(西部)のビーチクラフト機が竹島を空撮 紙面と週刊読売にルポが掲載される
■1978年(昭和53年)
・新東京国際空港開港
■1979年(昭和54年)
・2月2日 サンケイ「おおぞら」が高高度から北方領土国後島を空撮
・5月28日 読売「よみうり123」が尖閣諸島・魚釣島に着陸取材、同島への着陸は初
(翌日 帰路、石垣空港を離陸した同機はエンジントラブル、半月近く修理のため足止め 現場でエンジン交換)
■1981年(昭和56年)
・11月 NHKのチャーター機が山形市の蔵王スキー場に墜落、1人死亡
■1983年(昭和58年)
・9月15日〜19日 朝日新聞サイテーション500「千早」が北京訪問飛行。新聞社機が中国に飛んだのは戦後初
■1984年(昭和59年)
・7月 毎日新聞のヘリと朝日放送のチャーター機が兵庫県明石市で接触し墜落。3人死亡
■1985年(昭和60年)
・6月 北海道新聞のチャーター機が北海道白滝村(現遠軽町)の山中に墜落、4人死亡
・7月 読売新聞初のジェット機 三菱MU300「よみうり128」導入
・8月12日 日本航空123便墜落事故 各社夜間飛行で墜落地点捜索 朝日新聞AS355「ちよどり」
報道機として最初に墜落地点を特定 燃える事故機を写真撮影
・12月 読売新聞 三菱MU300「よみうり128」がマーシャル諸島、ビキニ環礁取材飛行(翌年の正月用企画取材)
■1986年(昭和61年)
・1月30日 毎日新聞がヘリでリハビリ中の田中角栄元首相を空撮
・7月23日 読売新聞 三菱MU300「よみうり128」が羽田から新潟への訓練飛行中、佐渡島山中に墜落。乗員4人全員死亡
■1987年(昭和62年)
・8月 テレビ・ラジオ番組制作会社・テレコムサウンズのチャーター機が神奈川県茅ケ崎市沖の海上に墜落、2人死亡
■1989年(平成元年)
・毎日新聞ターボプロップ双発機パイパーPA42シャイアン2「フェニックス」導入
■1990年(平成2年)
・8月 NHKのチャーター機が沖縄県勝連町(現うるま市)沖の海上に墜落、4人死亡
■1991年(平成3年)
・6月 雲仙普賢岳噴火で各社連日取材飛行
■1992年(平成4年)
・6月 読売新聞のサイテーション560「YOMIURI133」がサハリン訪問飛行
・9月 朝日新聞のサイテーション500「千早」が北朝鮮訪問飛行
■1993年(平成5年)
・7月12日 北海道南西沖地震 各社航空取材
・11月19・21日 読売C560「YOMIURI133」がキッシンジャー元米国務長官を送迎
成田ー小松を往復 民間自家用機が成田空港に乗り入れたのは初
■1994年(平成6年)
・10月 朝日新聞と毎日新聞のヘリが大阪府泉佐野市で接触、朝日新聞のヘリが墜落し、3人死亡
・11月 フジテレビのチャーター機が鹿児島県奄美大島で墜落、2人死亡
■1995年(平成7年)
・1月17日 阪神淡路大震災で航空取材・空輸
・5月16日 オウム心理教 麻原代表逮捕 新聞5社通信2社が初の共同取材飛行
各社分担で上九から警視庁まで空撮。(テレビ機の調整は不調に終わっている)
■1996年(平成8年)
・4月 長野放送とテレビ信州のヘリが長野市で接触して墜落、6人死亡
・6月 朝日新聞 サイテーション560VウルトラJA001A「はやて」導入
■1998年(平成10年)
・2月 毎日新聞EC135「オオルリ」を導入。新聞社でEC135導入はこれが最初
・6月 中日新聞初のジェット機リアジェット31A「おおたか2」を導入
■2000年(平成12年)
・7月 朝日新聞 MD Helicopters MD902導入 報道機初のノーター機 JA01AP「あさどり」 
■2002年(平成14年)
・7月 朝日新聞 サイテーション560V アンコールJA002A「あすか」導入
■2004年(平成16年)
・3月 信越放送が取材飛行を依頼した中日本航空のヘリが長野県南木曽町の木曽川河川敷で墜落、4人死亡
■2006年(平成18年)
・3月 新北九州空港開港 毎日新聞北九州新格納庫運用開始
読売、朝日は北九州から福岡空港へ移転西日本空輸の格納庫を共同使用でヘリのみ収容。固定翼は大阪へ
読売新聞 通算4機目のジェット機サイテーション560(JA560Y)導入
■2007年(平成19年)
・12月 オールニッポンヘリコプター所属のNHK取材用ヘリが静岡市葵区で墜落、2人死傷。フェリーフライト中
■2008年(平成20年)
・7月6日 青森朝日放送青森朝日放送、山形テレビ3局が合同で契約している小川航空のAS350が
火災を起こした海上自衛隊の護衛艦を取材の際海上に墜落4名死亡
■2009年(平成21年)
・7月8日 NNN系・福岡放送がBK117C2を運用開始。C2のテレビ取材機は日本初
※(関西テレビが83年にBK117A1=東亜国内航空運航を使用)
・7月22日 46年ぶりとなる国内陸地での皆既日食 中日、読売、毎日などがトカラ列島上空に固定翼を飛ばし撮影
■2010年(平成22年)
・11月 NNN・福岡放送のBK117C2が中国との緊張状態の尖閣諸島をHD防振カメラで空撮(HDではおそらく初)
・12月 朝日新聞向けのアグスタ109SP羽田の朝日格納庫で組み立て
■2011年(平成23年)
・3月11日 東日本大震災 各社取材飛行
毎日新聞EC135が仙台空港で給油待ちの際、地震発生。間一髪離陸し津波を逃れる
仙台の民放取材ヘリは津波で大破、飛行できず
NHKの仙台空港ベースの取材ヘリがテレビ局機で唯一離陸、津波襲来を全国に生中継
津波に襲われる仙台空港の毎日の写真とNHKの空撮中継映像は日本新聞協会賞受賞
・6月20日 朝日新聞アグスタ109SP命名式 命名「ゆめどり」
・12月 読売新聞・日本テレビ サイテーション560「みらい」を共同所有に変更 共同運用機となる
■ 2012年(平成24年)
・3月頃 朝日新聞のアグスタ109SPに新聞社のヘリとして初めて防振装置付きのENGカメラが搭載される
ジンバルはシネフレックス、カメラはSONY。収録のみに対応XDCAMデッキを搭載
・8月 毎日新聞が共同通信と共同でサイテーション525CJ2「希望」を運用開始
毎日新聞が運用する初のジェット機
■2014年(平成26年)
・1月 朝日新聞サイテーション「あすか」がマーシャル諸島・ビキニ環礁を取材飛行。核実験から60周年の企画用 
・2月17日 読売、関東甲信越地方での記録的大雪で陸路が遮断された山梨県甲斐市(日本航空学園)に朝刊9000部を空輸
朝日も新聞空輸を実施。
■2015年(平成27年)
・5月 朝日新聞サイテーション「あすか」がモンゴル取材飛行。
戦後70周年の企画で旧ソ連の対日進行拠点の巨大基地後を空撮。
■2015年(平成27年)
・9月10日 茨城・常総市で鬼怒川が決壊。
・11月11日 MRJ 三菱リージョナルジェット初飛行 新聞各社は初飛行が予想される数日前から当番制で代表撮影
■2016年(平成28年)
・4月 熊本地震発生直後 拠点空港は朝毎読の固定翼、産経ヘリは北九州空港、朝読ヘリは福岡空港、
 テレビ各社は福岡空港や西空の場外などを拠点に取材活動。地震直前の3月27日に福岡空港が「混雑空港」の指定を
 受けたことも影響した。
・8月27日〜9月7日 朝日新聞が太平洋戦争が始まって75周年の企画「戦火の残響」取材でサイテーション560「あすか」を
 サイパン〜ソロモン諸島まで飛ばし取材。紙面連載は同年11月〜
 取材は4カ国・地域、74カ所。12日間の総飛行時間は41時間36分
・12月3日 毎日機CJ2+「希望」が北方領土を北海道高空から空撮(赤外線スチルカメラも使用)プーチン大統領来日に合わせ。
◼️2017年(平成29年)
・3月 読売新聞が福岡空港での取材ヘリ運用を廃止。西部本社で主に運用していたEC135(JA03YP)コスモスは羽田へ
・4月 13日 朝日新聞が導入したAW169命名式 「あかつき」と命名。42倍防振TVカメラに新聞取材機で初のテレビ局向けFPUを搭載。大阪でABC朝日放送の予備機としても運用。
・5月 読売134号機 BO105Sが退役。ニュージーランドへ。福岡基地閉鎖で更新機無し読売はヘリ3機、固定翼機1機体制に
・8月 朝日のAS355F2「はつどり」が抹消。AW169導入で春には戦列を離れていた。カナダへ。
 
□■参考・引用■□
「翼よ あれがスクープの灯だ」鈴木五郎 著
「日本昭和航空史 新聞報道通信機編 モデルアート12月号臨時増刊」
「読売新聞百年史・百二十年史」「朝日新聞百年史」「毎日新聞百二十年史」
ほか

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by pressaviation | 2017-06-01 05:07 | ほーどー飛行機年表 | Comments(0)

新聞、テレビに見る航空取材合戦。報道飛行機たちの活躍を気が向いたときに書くブログ。その他のヒコーキネタ、新北九州空港の話題も。


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