新聞投下用のパラシュート

ネットも携帯も普及してしまった今では
記念品的な扱いになっている新聞の号外。
「号外が出ました」という事がニュースになる事もしばしばです。

昔はホントに、速報の大事なツールでした。

まだ、低空飛行しても苦情なんて来なかった
おおらかな時代には号外を自社の取材機で空輸する事もしばしば

ヘリコプターが無かった時代や、ヘリの航続距離では届かない遠方などでは
固定翼機からパラシュートを付けて投下されていました。
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【写真:読売東京本社・羽田格納庫から見つかった新聞投下用パラシュート/藤倉航装 製】
読売新聞の史料では、号外投下が行われていたのは1955年頃からで
最後は、1967年1月30日の総選挙の時に大阪本社から鳥取に空輸
投下したのが最後だそうです。

もっとも、戦前から原稿・フイルムの投下は行っていましたが、
パラシュートは使わず、広場に社旗を広げてそれをめがけて超低空飛行〜
袋に入れた原稿とフイルムを投げ落としていました。
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【写真:YOMIURI No.119  旧KKJ】
今じゃ考えられないですね。当時は飛行機が低く飛んでると
「あー、飛行機だ!!」って喜んでた、いい時代です。
と言っても、昭和の終わり頃まではやっていて、私も見た事が有ります。

話がそれましたが、
この緑色の布の仲に直径3メートルのパラシュートが入っていて
10キロまで投下できたそうです。

号外の束は社名入りの新聞袋と言うのに入れられ、このパラシュートに繋がれます。

製造者名にある「藤倉航装」は各種パラシュート・救命胴衣の専門メーカーで
戦闘機のドラッグシュート、ブームになった小惑星探査機「はやぶさ」の
カプセル回収用パラシュートも手がけています。

朝日新聞のパラシュートも昔見たような記憶が有ります。
横浜の新聞博物館だったかな??

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by pressaviation | 2012-11-21 18:50 | 新聞 | Comments(0)

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