遭難機捜索への感謝 四半世紀つづく

9月9日の読売紙面にかつてビキニ環礁やエニウェトク環礁で
核実験が行われた太平洋マーシャル諸島共和国のルポが掲載されていました。

放射能にさらされた島の除染、帰島準備が進む島から
「福島再生」を読み取ろうという記事。

紙面を飾った核実験で出来たクレーターを空撮した写真、
読売チャーター機から撮影とあります。

読売はこの地を1985年12月にも自社取材機を駆使して取材をしています。
日本から4500km。
この時の取材機は読売初のジェット機、三菱が売り出したばかりの
国産ビジネスジェットMU300。航続距離は2500km。
読売が最初のユーザーじゃなかったかな。

太平洋を飛び回り1986年正月の特集記事を取材したMU300
YOMIURI128号機(1984年12月5日ー1986年7月29)

この取材飛行から7か月後の1986年7月23日
羽田から新潟へ訓練飛行中、佐渡島上空で
雲の中に入り、レーダーから消失。

地元の人々が捜索に協力し
金北山と妙見山の間に墜落ている機体が発見されました。
この事故で読売は乗員4名を失いました。
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【YOMIURI128号機 JA8246 三菱MU300】
この時の捜索活動に感謝して読売新聞は
地元の図書館に毎年、多くの本を寄贈しているそうです。

四半世紀に及ぶ読売からの寄贈図書はおよそ4万冊、
佐渡島では2007年の町村合併で「佐渡市」が誕生しましたが
佐渡島の旧各市町村の図書館蔵書数は県内最大の長岡市図書館に次ぐ
多さだそうです。

もともと読売新聞中興の祖、正力松太郎も北陸、富山県高岡市の出身で
高岡には読売新聞北陸支社もあり北陸地方とは縁も深いのかもしれません。

日本の新聞発行部数後退の中で
読売新聞は日本の新聞社で唯一ジェット機を2機も保有する
充実した航空取材体制を敷いています。
その規模は、報道航空の雄、朝日新聞をもしのぐ充実ぶりです

読売取材機のエース、サイテーション560「みらい」も
かつてのMU300のように
海外遠征で活躍する機会があればいいのになと思います。



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by pressaviation | 2011-09-09 22:45 | 新聞 | Comments(0)

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